03


だからか今日もまた、神楽は社会科教諭室に足を向ける。誰かに理由を訊かれればたぶん、暇潰しと適当に答えられる。
だけども、本当は自分でも何で立浪の元に足を向けているのか神楽はいまいち分からないままだった。

最近はその答えを探しに来ているのかも知れなかった。

ノックをせず、ガラリと扉を開ける。
神楽は室内に入り、きょろきょろと室内を見回しながら後ろ手に扉を閉めた。

「立浪?いないのか?」

いつも立浪が座って作業をしている机へと歩み寄れば、広げっぱなしの資料に口の開いた缶コーヒー。

「待ってれば戻って来るか?」

立浪が居ないことに、何だかつまらない気分になって神楽は一人ぼやく。
そこで何故か帰るという選択肢は微塵も浮かばなかった。

立浪がいつも座っている椅子を引いて座ってみれば、立浪愛用の煙草の香りが神楽の鼻腔を擽る。

「そういえば俺の煙草とライターどこいったんだ?」

今更なことを思い出して神楽は引き出しを開けてみる。下から順に三段ある引き出しを開ければ、ファイルやプリントで溢れていた。

「…片付けが出来ないのか」

それは見なかったことにして一番上の引き出しに手を掛ける。そこにはペンや消ゴム、筆記用具が乱雑に入っていた。

「無い…。やっぱり煙草は立浪が使いきったか」

でもライターはと色々探してみたが結局は見つからず、神楽は諦めたように椅子に凭れる。

「仕方ない、立浪になら…」

ふぅと息を吐いて神楽は置きっぱなしになっていた缶コーヒーに手を伸ばした。

「…少しだけもらお」

口を付けて少しだけ、渇いた喉をコーヒーで潤した。
やることもなく暇になった神楽はそれでも帰る気にはならずに、ぼんやりと立浪が戻って来るのを待った。



「ったく、あのクソ教頭。人のプライベートにまで踏み込んでくるんじゃねぇよ」

苛立たしげに扉を開いた立浪はそこにあった姿に思わず口を閉ざした。
乱暴に開いた扉を静かに閉めて、足を動かす。

「神楽…来てたのか」

広げた資料の上に突っ伏して神楽は寝息を立てていた。
側に立った立浪は気持ち良さげに寝る神楽の横顔を見下ろして自然と頬を緩める。

「俺を待ってたか」

持ち上げた右手で神楽の頭をさわりと撫でる。
まだ起きる気配のない神楽に立浪は一度側から離れると、いつもは神楽が座っている椅子を持ってきて神楽の側に腰を落ち着けた。







キンッと甲高い金属の音が耳に届く。
鼻腔を擽る嗅ぎ慣れた匂いに神楽はゆっくりと瞼を持ち上げた。

「ん…立浪?」

机に突っ伏していた身体を起こして、側から漂ってくる匂いに神楽は顔を向ける。

口にくわえた煙草に火を着けた立浪は掌におさめたライターを慣れた動作でポケットにしまう。

「……あ」

その時ちらりと見えたライターは神楽が探していた物だ。

「起きたのか?」

「俺の…ライター…」

「あぁコレか。お前にはもう必要ねぇだろ」

「…そう、だけど」

言われて気付く。自分はいつからか煙草を口にしなくなっていた。

「起きたなら場所を明け渡せ。仕事が出来ねぇ」

「あ、悪い。起こしても良かったのに」

立浪の邪魔をしてしまったと神楽は急いで椅子から立ち上がる。起きるまで待っててくれたのかと何だか神楽は擽ったい気持ちを覚えた。
それに対して立浪は神楽が下敷きにしていた資料を手にとると喉の奥で笑う。

「別に退屈してたわけじゃねぇ、勝手に楽しませて貰った。お前は眺めてるだけでも飽きねぇな」

「え…俺何か変なこと言ってたか?」

「さぁ」

それきり仕事に取り掛かってしまった立浪に、寝ている間のことなどさっぱり分からない神楽は眉を寄せた。

「………」

結局、考えても仕方ないと諦めた神楽は煙草を片手に真面目に授業の資料作りをする立浪の横顔をジッと見つめていた。

放課後に足を運ぶようになって気付いた、意外と立浪は授業に対しては真面目な教師だ。神楽は立浪の授業を受けたことはないが、放課後質問に来た生徒に立浪がきちんとした対応をしている姿を何度か見掛けたことがある。
だがそれ以外は基本的に立浪は自分を中心に周囲を振り回している。

…俺もその内の一人に過ぎないのか?

「神楽、お前…」

「なに?」

煙草の火を灰皿で押し潰して缶コーヒーを手に取り持ち上げた立浪は、見つめて来る神楽へ顔を向けると、手にした缶コーヒーの缶を緩く左右に振ってみせた。

「勝手に飲んだな」

「…何で分かった?」

「これは開けてまだ一口しか飲んでねぇ。それが半分になってりゃ馬鹿だって気付くだろ」

「喉渇いててちょうど目の前にあったから、少しだけ貰った」

言い訳をしない神楽は潔く飲んだことを認めた。しかし立浪は何故か違う所に反応をみせる。

「お前は目の前にあれば誰のもんでも手ぇだすのか」

「まさか。そんなことするわけないだろ。その缶はアンタのだって分かってたから一口貰ったんだ」

間髪入れず切り返された返事に立浪の唇が歪められる。

「俺のだと分かっててか」

「それがどう…」

「神楽、お前の飲んだ一口分俺に返せ」

「そんなの無理…っん」

言い終える前に、神楽の口は立浪の唇に塞がれた。



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